東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)297号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 次に、第一引用例に審決摘示のとおりの記載があること(審決の理由の要点2)、本願発明と第一引用例記載の装置との間には審決摘示とおりの一致点及び相違点(同(1)ないし(3))があり、かつ、その余の点については差異がないこと(同3)は当事者間に争いがなく、相違点(1)及び(3)に対する判断(同4(三)及び(一))は原告の争わないところである。そして、右事実に成立に争いのない甲第二号証の一、二(以下「本願明細書」と総称する。)及び甲第五号証を総合すれば、本願発明は、第一の流体相(液体)と第二の流体相(液体又は気体)との間で物質移動を行わせるための物質移動用装置に係り(その構成は前記当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおり。)、第一引用例記載の装置と同様、両流体を高加速度に付すために透過性エレメントを高速回転させるものであること、また、本件の争点に係わる、本願発明の「透過性エレメントが…繊維又はフイラメントからなり」なる構成(相違点(2))は、透過性エレメントの構成物の形状を繊維又はフイラメント、すなわち細い線状のものに限定したものであることが認められる。
三 取消事由に対する判断
原告は、取消事由として相違点(2)に対する審決の判断の誤りを主張するところ、その理由とする点は要するに、本願明細書記載の実施例1ないし3(表1ないし3)の測定結果を根拠として、本願発明は、透過性エレメントを高速回転させる装置において、繊維又はフイラメントからなる透過性エレメントを用いる構成(相違点(2))を採択したことにより、物質移動の効率等の点で、従来のものからは予測し得ないような顕著な作用効果を奏したものであるのに、審決は、右顕著な作用効果を看過した結果、該構成の推考困難性を誤つて否定したというにある。そこで、原告主張のような作用効果が本願明細書の記載から認め得るか否かについて判断する。
1 各実施例の測定結果の検討に先立ち、そこに示された係数等の意味をみておくに、本願明細書(前掲甲第二号証の一、二)及び成立に争いのない甲第六号証並びに弁論の全趣旨に徴すれば、「物質移動係数KG、KLは、二つの流体相間を通過する物質の、単位界面面積当たり、単位時間当たり及び単位濃度差当たりの移動量を表す係数であつて、その数値が大きいほど物質移動の効率が高いこと、右にいう「界面面積」は透過性エレメントの単位容積当たりの表面積(m2/m3)を意味し、またKG、KLの区別は、物質移動工程には、物質移動速度を気相中での物質の拡散の如何が支配する「気膜支配」の場合と液相中での物質の拡散の如何が支配する「液膜支配」の場合があるため、前者をKG、後者をKLで表したものであること、「KG・a/(Kg・a)I」及び「KL・a/(KL・a)I」は、各実施例の透過性エレメントの容積物質移動係数(単位容積当たりの物質移動係数)KG・a及びKL・aの従来装置(固定カラム)の透過性エレメント(界面面積六二五m2/m3の1/2インチ商標intaloxサドル)の容積物質移動係数(KG・a)I及び(KL・a)Iに対する比をとつたものであること(なお、右数式中のaは界面面積を表す。)が、それぞれ認められる。
2 原告は、まず、本願明細書記載の実施例3(表3)に基づき、その物質移動係数KGは、透過性エレメントを高速回転させる条件下において、透過性エレメントを不銹鋼ガーゼで形成すれば、ガラスビーズで形成した場合に比し、物質移動の効率が極めて大幅に上昇することを示すものである旨主張しているので検討するに、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書の実施例3には、ガラスビーズ(径一・五mm、界面面積二四〇〇m2/m3)(第一引用例記載の装置の透過性エレメントに相当することは当事者間に争いがない。)又は不銹鋼ガーゼ(商標knitmesh9031、界面面積一六五〇m2/m3)(本願発明の繊維又はフイラメントからなる透過性エレメントに相当することは当事者間に争いがない。)からなる透過性エレメントを用い、これを回転速度一〇〇〇rpm(平均加速度八四四m/〔秒2〕)と同一七五〇rpm(同二五八〇m/〔秒2〕で回転させた場合の、水とアンモニア間の物質移動係数KGの測定結果(表3、なお、液体流量、気体流量はすべて同一)が示されていることが認められる。右によれば、原告主張のとおり、同一回転速度における物質移動係数KGは、透過性エレメントとして不銹鋼ガーゼを用いた場合の方がガラスビーズを用いた場合よりも、回転速度一〇〇〇rpmで約二・七四倍(一〇・八対三・九四)、一七五〇rpmで約二・六三倍(一二・六九対四・八三)という、極めて大幅な上昇を示していることが明らかである。
3 また、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書には、ガラスビーズ(径一mm、界面面積三三〇〇m2/m3)からなる透過性エレメントを用いた実施例1と不銹鋼ガーゼ(商標knitmesh9031、界面面積一六五〇m2/m3)からなる透過性エレメントを用いた実施例2において、脱酸素水と空気の間の物質移動係数KLを測定した結果が示されているところ(表1、2)、原告は、右測定結果は、ガラスビーズからなる透過性エレメントを用いた場合は水流量を多くすれば物質移動係数も低下してしまうのに対し、不銹鋼ガーゼからなる透過性エレメントを用いた場合は水流量の増加とともに物質移動係数も増加することを示しているから、両者の間には水流量と物質移動係数の相乗に係るこの種装置の実際の処理能力の点で差異があることを示すものである旨主張している。そして、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書の実施例1(表1)では、回転速度が一五〇〇rpmの場合、水流量が三(×10-5m3/秒、水流量において以下同じ。)から五に増加すると物質移動係数KLは二四・九から二〇・三に減少しているのに対し、実施例2(表2)では、回転速度が一五〇〇rpmの場合、水流量が四から六に増加すると物質移動係数KLは一九・四から二六・七に、回転速度が一七五〇rpmの場合、水流量が同じく四から六に増加すると物質移動係数KLは二〇・六から三一・五にいずれも増加していることが認められ、この点についても原告主張のような点が示されているものと認めることができる。
4(一) 以上の点に関し、被告はまず、この種装置の物質移動の効率を比較するためには、単位界面面積当たりの物質移動係数KG、KLを比較するよりも、単位容積当たりの物質移動係数を示すKG・a/(KG・a)I及びKL・a/(KL・a)Iの数値を比較する方が適当である旨主張する。しかし、KG・a/(KG・a)I及びKL・a/(KL・a)Iの数値自体は、前記1認定のとおり各実施例の透過性エレメントの容積物質移動係数KG・a及びKL・aの従来装置(固定カラム)の透過性エレメントの容積物質移動係数(KG・a)I及び(KL・a)Iに対する比であるから、単位容積当たりの物質移動係数を示すものとはいえないし、また、被告の主張を容積物質移動係数KG・a及びKL・aを比較すべきとの趣旨に解しても、容積物質移動係数KG・a及びKL・aは、KG、KLとa(界面面積、前記のとおり透過性エレメントの単位容積当たりの表面積)とを掛け合せたものであるから、KG、KLが、単位界面面積当たりの、したがつて個別装置の透過性エレメントが有する界面面積の差による影響を捨象した場合の能力を表すものであるのに対し、KG・a及びKL・aは、単位容積当たりの、したがつて個別装置の透過性エレメントが有する界面面積の差による影響をも含んだ能力を表すものといえる。そして、本件における問題は、本願発明が透過性エレメントの構成物の形状を繊維又はフイラメントに限定したことにより顕著な作用効果を奏し得たといい得るか否かの点にあるのであるから、一定の範囲で適宜選択されるものである界面面積(この点は前掲甲第二号証の一の三七七頁右下欄九行ないし一四行の記載からも窺われるところである。)の如何に影響される容積物質移動係数KG・a及びKL・aを比較するよりも、界面面積の差を捨象した単位界面面積当たりの物質移動係数KG、KLを比較した方がより妥当であると解されるから、右被告の主張は、原告主張のとおり、その前提において既に相当とはいいがたい。のみならず、実施例3については、前記2認定のとおり液体流量(水流量)、気体流量が同一であるから、KG・a/(KG・a)Iの分母の(KG・a)Iは定数となり、したがつてKG・a/(KG・a)Iの数値によつて容積物質移動係数KG・aを割合的に比較することも可能であると考えられるところ、界面面積との関係で数値修正の必要があるとの原告主張の点を措いても、不銹鋼ガーゼからなる透過性エレメントが従来装置(固定カラム)の八倍から九倍の効率を示しているのに対し、ガラスビーズからなる透過性エレメントは四倍から五倍の効率を示しているにすぎないことが明らかであり、単位容積当たりの物質移動係数の観点からみても、透過性エレメントが繊維又はフイラメントからなる場合は、ガラスビーズからなる場合に比して大幅な効率の上昇を示していることが窺われるところである。
(二) また、被告は、実施例3(表3)に関し、回転速度の増加によるKG・a/(KG・a)Iの増大の程度は、ガラスビーズからなる透過性エレメントを用いた場合の方が不銹鋼ガーゼからなる透過性エレメントを用いた場合より大きいから、両者の回転速度を増加させていけば、それに応じて不銹鋼ガーゼからなる透過性エレメントとガラスビーズからなる透過性エレメントの値との差が減少していく筈であるとも主張しており、前掲甲第二号証の一によれば、透過性エレメントをガラスビーズで形成した場合は、回転速度一〇〇〇rpmから一七五〇rpmに増加させるとKG・a/(KG・a)Iは一・二五倍に上昇しているのに対し、不銹鋼ガーゼで形成した場合には、回転速度を同様に増加させてもKG・a/(KG・a)Iは一・一二五倍にしか上昇していないことが認められる。右による限り、被告主張のように、回転速度の増加によるKG・a/(KG・a)Iの増大の程度はガラスビーズからなる透過性エレメントの方が不銹鋼ガーゼからなる透過性エレメントよりも大きいということができるが、前記(一)認定のように、そのベースとなる数値自体が、不銹鋼ガーゼからなる透過性エレメントでは従来装置の八倍から九倍、ガラスビーズからなる透過性エレメントでは四倍から五倍と相当の差があるうえ、回転速度の増加によるKG・a/(KG・a)Iの増大の程度の差は一・二五倍と一・一二五倍という僅かなものであり、また、回転数が変化しても右のような差異が維持されていくことを確認するに足りる証拠もないことを考慮すれば、右被告指摘の点のみによつて、透過性エレメントとして繊維又はフイラメントを用いることにより、物質移動係数KGが著増するという前記2認定の効果を否定することはできない。
(三) 更に、被告は、実施例1、2(表1、2)についても、水流量の点を考慮したとしても、KL・a/(KL・a)Iは、もともと実施例1の方が不銹鋼ガーゼを用いた実施例2よりも著しく高いうえ、水流量を増加した場合の実施例2の増加の程度もさほど大きくない旨主張しているが、KL・a/(KL・a)Iが本願発明の作用効果をみるうえで適当でないことは前記のとおりであるうえ、実施例1と実施例2では水流量を同一にするものが全くなく、前記認定のとおり界面面積をも異にすることを考慮すれば、これらの数値を直接比較することはできないというほかないから、被告の主張はその前提において既に採用しがたい。
5 以上によれば、本願明細書の各実施例には、透過性エレメントを高速回転させる条件下において、本願発明のように繊維又はフイラメントからなる透過性エレメントを用いた場合は、第一引用例記載の装置のようにガラスビーズからなる透過性エレメントを用いた場合に比し、物質移動の効率等の点で格別の利点が得られることが示されているものと認め得る。そして、その測定値は、透過性エレメントの材質、回転速度等の条件によつて若干の変化はあるとしても(例えば、第一引用例記載の装置においても、透過性エレメントとしてガラスビーズからなる粒状の詰め物層の他にも薄板層を用い得ることが前記当事者間に争いのない同引用例の記載によつて明らかである。)、前掲甲第二号証の一、二及び成立に争いのない甲第三号証に徴すれば、本願発明及び第一引用例記載の装置における透過性エレメントの、流体の通路を形成し相対速度の大きな二流体の乱流の発生に寄与するという機能等に照らし、両流体の通路を規制する透過性エレメントの形状が最も大きな影響を与えているものと推認できるところである(他に右推認を妨げるに足りる証拠はない。)。しかるところ、前掲甲第三号証及び成立に争いのない甲第四号証によれば、審決引用に係る第一及び第二引用例とも、本願明細書の各実施例が示すような、透過性エレメントを高速回転させる条件の下で繊維又はフイラメントからなる透過性エレメントを用いることにより、物質移動の効率が大幅に上昇すること等を示唆し、又はこれを推測し得るような記載が全くないことが認められ、また他に右の点が当業者の予期の範囲内のものであることを認めるに足りる証拠もないのであるから、本願発明は当業者の予期を超えた格別の作用効果を有するものというべきである。
6 しかして、ある技術についての構成の変更が一見公知技術から容易であるかの如き感がある場合でも、右構成の変更が公知技術から予測される範囲を超えた作用効果をもたらすものであれば、右構成変更をもつて直ちに想到容易といえないことはいうまでもないから、審決が、前記認定のような顕著な作用効果を看過して、本願発明の相違点(2)に係る構成によつては格別の作用効果を奏するものではなく、該構成は第一引用例及び第二引用例を組合せることにより当業者が容易に想到し得るとした判断は誤りというべきであり、この点の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことも明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。
四 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編注1〕本願発明(特許請求の範囲第一項記載の発明)の要旨は左のとおりである。
第一の流体相が液体である二つの流体相間で物質移動を行うための装置であつて、(a)両流体を透過させることができ、両流体に対して屈曲通路を与える細孔を有し、そして両流体が該細孔を介して流れるときに両流体を少なくとも三〇〇m/〔秒2〕の平均加速度に付しかつ第一の流体を軸から半径方向の外向きに流動させるように一つの軸に関して回転することができるエレメント、(b)該透過性エレメントに両流体を装入する手段、及び(c)該透過性エレメントから少なくとも一方の流体又はその誘導体を排出する手段からなり、そして該透過性エレメントが、<1>少なくとも二〇〇m2/m3の界面面積を有し、<2>繊維又はフイラメントからなり、そして<3>使用中にその透過性を維持する機械的強度を有することを特徴とする上記物質移動用装置
〔編注2〕本件における表は左のとおりである。
表(一)
<省略>
表(二)
<省略>